25 May 2008

読了 - 知的複眼思考法

とてもおもしろい本でした。3万人の投票から、ベスト・ティーチャーとして選ばれたこともある、東京大学の刈谷教授が、自身のゼミで学生に対して実践している内容を、書籍化したものです。

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)

知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社+α文庫)

知的複眼思考法とは

一言でいうと、「常識にとらわれず、様々な視点から、論理的に考えるための方法」です。知的複眼思考法を身につける、すなわち本書を読むことによって、これらのことができるようになります。

  • 常識にとらわれ、思考停止に陥ってしまうことを防ぐ
  • 論理的思考を身につける
  • 批判的な視点を持つ

こうした能力は、研究者や開発者をはじめ、すべてのものづくりに関わる人にとって、とても大切だと思います。例えば新しいWebサービスを作る場合には、すでに世界中には大量にWebサービスがある中、まだ誰も発見していないニーズをつかむ必要があります。ニーズは普通目に見えません。当然常識にとらわれていては、そうしたニーズはつかめませんし、批判的な視点からものごとをみられなければ、隠れたニーズは見つけられないと思います。


本書の構成

  • 序章 : 知的複眼思考法とは何か
  • 第1章 : 創造的読書で思考力を鍛える
  • 第2章 : 考えるための作文技法
  • 第3章 : 問いの立てかたと展開のしかた -考える筋道としての<問い>
  • 第4章 : 複眼思考を身につける

本書は導入部の序章があり、1,2章で複眼思考を行うためのトレーニングとしての読み書きの方法、3章で指向の切り口をみつけるための<問い>の立てかた、4章で複眼思考を行うための実際の方法が述べられています。


第1章 : 創造的読書で思考力を鍛える

文を読むこと・文を書くことは、考え方を鍛えるための、とても良いトレーニングツールになります。1章では、著者の主張を鵜呑みにせず、批判的に読書するための方法が述べられています。

批判的に読書をするには、次の3つのチェックポイントを心がけると良いです。

  • 著者のねらいをつかむこと
  • 論理を丹念に追い、根拠を疑うこと
  • 著者の前提を探り出し、疑うこと

あるがままの事実を報道しているように見せかけ、実は記者の考えを主張しているという新聞記事などがありますが、著者のねらいを考えながら文を読むことで、安易に鵜呑みにしたり、思考停止することを防げます。また、文章の論理の流れ、主張の根拠の妥当性を疑うことも重要です。特に最近は、統計データの妥当性には気を配るべきですね。著者が暗黙のうちに前提としていること - 極端な例ですが”未成年の暴力事件→ゲームの影響”など - に気をつけることも効果的です。


第2章 : 考えるための作文技法

頭だけで考えているよりも、実際に文章としてアウトプットした方が、より深く考えることができ、また良い思考トレーニングにもなります。論理的な思考をするためには、当然論理的に正しい文章を書かなくてはいけません。そのための6つのチェックポイントが挙げられています。

  • 結論→理由という順で書く
  • 理由が複数ある場合、それを最初に述べる。複数の側面から説明する場合も、最初にそのことを述べる
  • 判断の根拠を明確にする
  • 根拠に基づいて”推論”で言っているのか、”断定”しているのかをはっきりさせる
  • 別の論点に移るときは、それを明確に示す
  • 正しく接続詞を使い、文と文の関係を明確にする

第3章 : 問いの立てかたと展開のしかた -考える筋道としての<問い>

ものごとに対して疑問を持ち、問いをたてることは、考えるための非常に良いきっかけです。確かに、私の経験的な実感ですが、できる人ほど鋭い質問をします。本章では思考の切り口を開くための、問いの立てかたを紹介しています。ポイントは2つです。

  • “なぜ”を問う
  • 概念レベルで考える

疑問文を”なぜ”という形に変換することで、因果関係について考えるきっかけとなり、常識では関係があると考えられているが、実は原因は別にあったなどとということに気づきやすくなります。本書の例では、大卒の就職が厳しくなっているということがらを、まず「なぜ就職が厳しくなっているのか」に変換します。原因は当然複合的なので、問題を切り分けるために、男女の違いによる就職状況について考えてみます。すると、例えば女子の方が、就職率が低い・面接の回数が多くなるといった実態が見えてきます。それに対してさらに、「なぜ女子の就職率が低いのか」という問いを立てます。このように”なぜ”を連ねることで、見えていなかった因果関係にたどり着くことができます。

次に概念レベルの考え方について、2つ以上のケースを比較し、共通部分をくくりだして、一般化して考えることで、問題の本質的な構造や、隠れた因果関係を見つけることができます。

いじめ問題というテーマを例としてみます。ケース1は中学3年生女子の5人グループでのいじめです。5人のうちの1人がわがままな性格で、残りの4人はそれを直してもらうため、わがままな1人を無視することにしました。結果無視された1人は不登校になってしまいました。ケース2は、ある中学2年生のクラスでのいじめです。A君は少しとろい所があり、他のクラスメイトはA君を「シカト」したり、みんなで馬鹿にしたりしていました。

この2つのケースを比べることで、いじめには「ある集団の中で、異質なものが排除される」という構造があることが見えてきます。さらにそこから「集団の均質性」「所属の強制力」という原因も見えてきます。


第4章 : 複眼思考を身につける

4章では、より多面的にものごとを考える、つまり知的複眼思考法を身につけるための、具体的な3つの方法が述べられています。

  • 関係論的にものを見る
  • 逆説(パラドックス)を発見する
  • メタを問う
関係論的にものを見る

お札自体はただの紙ですが、皆がその効力を信用しているため、お札には価値が生まれます。このようにお札そのものという実体ではなく、人々によって信用され交換されるという関係に価値が宿っている、ということを関係論といいます。世の中には実体がまるで本質であるかのようにとらえられている事が多いため、関係論的なアプローチは有効な手法です。

偏差値を例にとってみます。偏差値は集団の中での個人の位置を指し示す指標です。しかしいつからか、偏差値がその個人の能力を示す絶対値としてとらえられるようになりました。その最たるものとして、次の主張があります。

「偏差値ではかる能力は、記憶力、頭の回転の速さ、我慢強さの三つ。この競争で学校での人間の価値は画一化され、多様な能力を評価できなくなった」

これは、偏差値を実体としてとらえてしまっています。問題はむしろ偏差値ではなく、記憶力ばかりを問うているテストの形式や、芸術・スポーツなどの5教科以外の成績を軽視している入試制度にあると考えるのが妥当です。偏差値はこうしたもののなかの関係として存在し、ただ単にある生徒の全体の中での相対位置を示しているにすぎません。

逆説(パラドックス)を発見する

意図して行った結果が、皮肉にも逆の効果を生み出してしまうケースは多々あります。古い例ですが、オイルショック時のトイレットペーパー買い付け騒ぎを考えてみましょう。まず前提として、市場には十分な量のトイレットペーパーがありました。しかし「トイレットペーパーが品不足になる」という風説が流布し、人々は買いに走ります。ひとりひとりの買い手としては、品切れになる前に確保するという、合理的な行動を行いました。しかし全体としてみると、皆が買うので普段なら十分な供給量でも不足してしまいます。このように各個人がよいと思って行動した結果、逆説的に個人にとって困った結果になってしまいました。

このように、逆説を発見し、何かをするときそれがどのような波及効果を生み、どのような意図しない副産物を作り出すのかを考えることは、重要な視点です。

メタを問う

メタな視点に立って、ものごとをとらえなすというのも、効果的な手法です。例えば偏差値教育を批判している新聞記事に対して、ひとつメタな位置に立ち、「そもそもこの主張をすることによって、得をする人・損をする人は誰なのか」という問いを立てるということです。